ポーランドとラトビア公演記 – 2012年

昨年の東北大震災直後に行ったポーランド公演は、昨年に本誌にその紀行文を掲載したが、その時の公演が縁で今年の7月に招聘された。
クラクフ市から南へ約120キロ程にあるスターリ・ソンチと言う小さな古いそして静かな町がある。
この町でアーリー音楽祭が開催される。1年前に始まったこの音楽祭の企画は「音楽の対比―ヨーロッパとアジア」と題して、アジアの文化と習慣を紹介するコンサートである。昨年の第一回は中国とイランが参加し、今年は日本とインドが招かれた。この音楽祭の音楽芸術監督が、昨年クラクフで公演した我々の公演を観て招聘することを決めたのである。クラクフの知人を介して打診があったのが昨年で、私は快く引き受けた。
今回のメンバー構成は、新内3名、能2名、八王子車人形1名、日本舞踊1名、尺八1名、箏1名、通訳1名の計10名。

ポーランド・ソンチでの公演

演目は新内の「日高川入相花王」を基礎台本とし、能と日舞の「道成寺」を加えて脚色した。清姫が安珍を追う場から日高川へ飛び込み向う岸へ渡り、そして鐘入り迄を、日舞・人形・能を新内の語りと尺八・箏のコラボレーション演奏も交え、日本伝統芸能の魅力と調和の美をモチーフとした。
伝統芸能の海外公演はその時のコンセプトによって種々な上演形態が在る。
古典を正当に純粋にそのまま演奏する事は勿論大事であり重要である。
私は日本の素晴らしい古典を演奏し聴いて頂く事は、日本を理解する上で貴重な機会と考えているが、尚その上に大切なことは演目の内容を分かり易くしてエンジョイして貰う。それは日本を理解することで私の文化交流使の使命でもある。
その為にテロップや詳しい解説の添付や解説者の舞台上での説明も必要である。
これは日本国内でも行われているが、今や日本人も外国人も古典に於いては同じレベルの知識の近年であるから当然であろう。
私はまた、より理解を深めて頂く為に、古典芸能演者による古典演奏手法によって楽しく判り易い、観て聴いて余り難しくない題材を見つけて脚本を創っている。
ヨーロッパでは得てして難解でストーリー性の乏しいそしてよりムズカシイ、また精神性を前面に出したような作品が受けると聞くが、私にはそのような能力もないし、自分の求める方向性に合わないので、日本の美を分かり易く表現したい。
且つその上に更に理解して貰う為に現地の言葉で演奏する(語る)事が多い。
今まで約30カ国歴訪演奏をしているが、半分以上の国の言語で語って来た。
演目にもよるが、なるべくコトバの部分を原語で語る。語学力のない私であるから苦労も非常に多い…けれども楽しく汗を掻いている。
然し今回のポーランド語は大変に難しい。世界一難しいと言う人もいる程なので遠慮した。ロシア語もバルト3国もやはり難しく無理でやはりお手上げで中止した。

少し余計なことを述べて遠回りしてしまったが、スターリ・ソンチでは今迄にない素朴な街の環境と舞台であったので、観客とのコミュニケーションが取り易く、日本伝統芸能の紹介と文化交流としての使命役割を果たせたと思う。
ここで知り合った人からメールが時々届き、また来て欲しいと言われる。
当地での公演は一回とセミナーの一回で三味線音楽の説明や実演をした。
滞在中に日本人に1人も見かけなかったが、日本語を勉強する15歳位の女の子がいて日本への関心は高いと感じた。
車で1時間半ほど走ってクラコフへ向かう。クラクフはポーランド王朝の時代の都で、今でも中世の雰囲気遺す素敵な古都の街並みが多くの観光者を呼ぶ。
昨年は3月で寒くてあまり街を見物しなかったが、今回は7月で1年の中でも最も好季節なので昼も夜も閑を見つけては観光して歩いた。
昨年の当地での公演に引き続き2回目の今回は劇場も同じマンガ館であった。
今年は天皇皇后両陛下が当館をご訪問なされて10周年にあたり、その記念事業として、館の主催として開催された。
公演当日は7月11日で私の誕生日であった。公演前にレストランでシェフ達がバースデイケーキを私の所へ持ってきて祝ってくれた。海外での暖かいお心に対して胸が熱くなる。
公演はチケットソールドアウトの満員であった。演目はソンチと同様。
カーテンコールには全員の即興で数曲を短く演じた。

映画監督アンジェイ・ワイダ氏と

終演後のレセプションではクラクフ市の市長はじめ日本との関係深い方々や、山中全権大使ご夫妻そして世界的映画監督のアンジェ・ワイダさんもお越しになった。
ワイダさんは「地下水道」「灰とダイアモンド」「カティンの森」等を作り、世界中にフアンを持つ有名な社会派の監督であり、私もファンで今年お会い出来るのを楽しみにしていた。監督は大変な日本贔屓で、日本文化を高く評価しており、ご自身も京都で日本画を学んだそうで絵もお描きになる。
残念ながらお互いに言葉が通じず、通訳を介しての会話であったが、今回の公演を楽しみにしていたとの事で、出演者一同嬉しく良い思い出となった。
何歳だか忘れる程に忘れ得ぬ感動の私の誕生日であった。
明くる日は3時起床してバスでワルシャワ空港まで移動。経費節約の交通手段。
飛行機で1時間半ほどでラトビアの首都リガ市へ到着。
昨年の10月に八王子車人形と一緒に着た場所である。
その節にラトビア駐在の長内大使ご夫妻と気が合ったと言うかご懇意になって、その後も神楽坂で会食してより親交を深めた事によって今回のリガ公演が実現した。
ポーランドとは近いし、復路に寄れる道順なので是非リガでも公演をしましょうとの双方の思惑が一致しての公演であった。とは言え此の実現は長内大使のご尽力がなければ無理で、われわれの来たいとの気持ちだけでは全く実現不可能であった。
大使ご夫妻の献身的なるご努力には感謝致し、感激するばかりであります。
13日の本番当日は、移動疲れの中でリハーサルと夜の本番。若いと張り切る私にも些か疲労が隠せない。合間をみては横になり休み休みで臨戦態勢…を整える。
演目はポーランドと殆ど同じであった。
(因みに昨年は車人形の演奏で、演目は「八百屋お七」と「佐倉宗吾郎・甚兵衛の渡し」であった)大きな会場も満員であった。皆さん静かに鑑賞して頂き有り難い。
ポーランドもラトビアも日本への関心は高く、特に日本文化には憧れと尊敬心を抱いているし日本に好意を持っていると感じた。
当夜も盛大なる拍手の中にカーテンコールとなり幕となった。長内大使ご夫妻も大変お慶び頂き、我々も安堵と喜びに浸った。
さあ明日からは希望者のみで滞在を延長してラトビアのヴァカンスである。

バルト3国

ラトビア公演舞台で

ラトビア大使夫人とバルト海の夕陽

ラトビア子供服店でファッショナブル!!

ラトビア大使公邸にて民族音楽家と

バルト海に面した3カ国は北からエストニア・ラトビア・リトアニアと並ぶ。
3カ国ともほぼ北海道程の同面積の小さな国で、高い山がなく最高地で約300米で、殆ど平坦地である。河川が多く湖沼が何千と有る。
3カ国とも小国である為に苦難の歴史を余儀なくされてきたが、1991年にソ連邦から独立し、其々がNATO・EUにも加盟している。3カ国とも国土風土は似通ってはいるが、民族・言語・文化・歴史を異にしている。
昨年の秋には3カ国を八王子車人形と共にバス移動で巡回公演をした。
エストニアは大関の把瑠都関の出身国であり、リトアニアは第2次世界大戦中にナチス・ドイツの迫害を受けたユダヤ人難民に同情した杉原千畝がビザを発給して6000余人の避難民を救った美談が今に残る。
ラトビアはその中でも一番素敵な国で、特に首都のリガはお洒落な街である。
世界遺産の旧市街は美味しいレストランも多く、ファッショナブルな街として若者を惹き付ける。日本では未だ観光ガイドブックにそれほど紹介されてないので観光客が殆どいない。余り知られたくない気もする。

住み着きたくなる魅力溢れる国に5日間滞在して、歴史と文化に触れて満喫した。
それは長内大使ご夫妻の心温まる厚情によるもので、一般の旅行者には分からない知らない素敵な場所へ案内をして頂いた。何とも幸せな体験の休暇であった。
私は世界約30数カ国を歴訪し公演をして来たが、殆どの国が日本を日本人を好意的に感じている。そして日本の歴史、文化、伝統に深い憧憬と尊敬の念を抱いているように思える。また日本の伝統文化に造詣の深い人が多い。

ラトビア民族音楽家と日本文化を研究し理解し、多くの学生は日本を知りたいと学び、日本へ行きたいと望んでいる。それに反し昨今の日本の若者は日本の伝統の美を知らない。
日本の優れた伝統を知らない。だから誇りと自信を持てない。
世界中で日本人程優れた国民はいないと私は自負するが、日本人程自国の伝統を大事にしない国は外にないと嘆く。
日本人が海外へ行って伝統芸能の事を尋ねられて困った人が多いと聞く。情けない話だがそれでは国際人とは言えないだろう。
現代の混沌とした不安定な世の中であるからこそ、精神の安定と心の豊かさが求められる。そこに文化芸術の存在の価値観が見直されると思う。我々伝統芸能者の出番であると期待し、国の応援も期待している。

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